毎年4月に訪れていた祭りが、今年も縮小された。
川崎のかなまら祭りだ。
悔しいので、最後(2019年)に見た記憶をここに記す。
「ウオオオオオオオオオオオ~!」
「オオオオオオオオオオオオ~!」
「フウウウウウウウウウウウ~!」
その時、大勢の人々が歓声を上げた。
キシー!キシー!キシー!キシー!キシー!
カシャカシャ!カシャカシャ!カシャカシャ!
続いて、無数のカメラがシャッター音を響き渡らせた。
私も気がつくと、「うおお~!」と叫び、デジカメを掲げていた。
我々が見ていたもの。
それは、青空を激しく突くかの如く上下に揺れる、桃色の巨大な男性自身だった……!
2019年4月7日、午前11時。
京急川崎駅の本線ホームに降り立った私は、階段を勢いよくかけ降りる。
1階の大師線ホームに滑り込むと、いつもと違う点に2つ気づいた。
ひとつは、電車を待つ人々の数が普段の何倍も多いこと。
もうひとつは、半分以上が外国人であること。
電車がやって来た。
先頭には、『2019.4.7 かなまら祭り』のヘッドマークが付いている。
乗ると、車内のあちこちで、知らない言語のお喋りが飛び交っていた。
何語だとしても、皆楽しそうだ。
川崎大師駅に着くと、乗客の9割が降りてしまった。
ホームを出て踏切を渡り、お神輿が出る金山神社のある通りへと向かう。
普段は閑散とした駅前には、酔いそうなほどの人の群れができていた。
「ロープの内側に下がって下さ~い!」
「車通りま~す!」
ピー!ピー!ピー!ピー!
警備員の声とホイッスルが聞こえる。
人と人の隙間を抜けて進んだ。
グラマラスな肢体に和服を纏った、アフリカ系の美女。
大きなカメラを肩に担ぎ、インタビューする白人の男性。
男性器の形をした飴をくわえる、アジア系の女の子達。
どこを向いても、普段はお目にかかれない人だらけだ。
ようやく神社の通りに着く。
振り返ると、オレンジと紫の紋付き袴を着て、頭は男性自身のゆるキャラ(?)がいた。
「はいピース!あはは~!」
「1,2,3!Thank you~!」
一緒に写真を撮る人が跡を絶たない。
みんな、日本各地から世界各国から、ここに集まって来たのだ。
アレを見るためだけに。
そうこうしていると、お囃子が聞こえてきて、お神輿が現れた。
まずは、やぐらに囲まれた、黒光りするかなまらだ。
登場するやいなや、私達はどよめき、じっとしていられなくなった。
続いて、ピンクの巨大なかなまらが神社から現れ、大きく上に下に揺れる。
「ウオオオオオオオオオオオ~!」
「オオオオオオオオオオオオ~!」
「フウウウウウウウウウウウ~!」
キシー!キシー!キシー
!キシー!キシー!
カシャカシャ!カシャカシャ!カシャカシャ!
大歓声とシャッター音が、のどかな町にこだました。
私達は、お神輿を追いかけようとした。
その途端、警備員がロープをはり、行く手を遮る。
「バスが来てま~す!」
生殺しにされた気分だが、仕方ない。
とにもかくにも、先回りしてかなまらのお神輿3基を待つことにした。
ハロウィンの渋谷のような混雑の中、細い路地を入り、お神輿の通る道を見つける。
待っていると、独特のかけ声が聞こえてきた。
「えいさぁ!ほいさぁ!」
「えいさぁ!ほいさぁ!」「そいやぁ!」「えいさぁ!ほいさぁ!」
「えいさぁ!ほいさぁ!」「そいやぁ!」「えいさぁ!ほいさぁ!」
「えいさぁ!ほいさぁ!」「そいやぁ!」
黒いかなまらのお神輿が、男性達によって力強く担がれる。
脈のシワまで再現されている。
「か~な~ま~らっ!」「でっかいま~ら~!」
「か~な~ま~らっ!」「でっかいま~ら~!」
「か~な~ま~らっ!」「でっかいま~ら~!」
ピンクの、直径も長さも尋常ではないかなまらのお神輿。
担いでいたのは、女装した男性達だ。
先導する女装子さんの、真っ赤なチャイナドレスが眩しい。
「えいさぁ!ほいさぁ!」
「えいさぁ!ほいさぁ!」
「えいさぁ!ほいさぁ!」
「えいさぁ!ほいさぁ!」
木製の、古そうなかなまらのお神輿。
男性も女性も、必死の形相で担いでいた。
最も盛り上がったのは、ピンクのかなまらだ。
「でっかいま~ら~!」の部分を観客が叫び、コール&レスポンスのようになった。
奇妙な一体感に高揚して、私も臆面もなく叫んでいた。
3基は、大師参道に流れていった。
道が広くなり、ようやく普通に進める。
歩きながら、人々を観察した。
沿道の寿司屋の店員が出てきて写真を撮ったり、駐車場のフェンス越しに立って見る人がぎっしりといたり、「カナマ~ラ~!」と巻き舌で感嘆する外国人があちこちにいたり。
誰を見ても、笑顔が溢れていた。
そして、お神輿の列の先頭に来た。
一番前を歩くのは、カラフルな大漁祈願の旗を振る男性だ。
ダイナミックな動きが特徴的だが、かなまらに比べると注目する人が少ないのが不憫である。
その後ろは、神主さんらしき白髪の男性が扇を広げて歩く。
左右には、地を引きずって鈴を鳴らす男性が2人。厳かな表情だ。
「ザザザーッ……シャラン!」「ザザザーッ……シャラン!」という音だけが響く。
そんな男性達の背中に目が行く。
ハッピに、男性器と女性器を擬人化した絵が描いてあった。
厳格な表情と、かわいくて滑稽なイラスト。
そのギャップに吹き出しつつ、歩いた。
お神輿が向かう先にも、奇怪なものがあるのを期待して。
そして、川崎大師の参道までやって来た。
ここもいつもと違い、人の波ができていた。
名物のトントコ飴を売る店は、次から次へと来る客にてんやわんやだ。
客のお目当ては、かなまらの形をした棒つき飴である。
参道を素通りすると、出店がいくつかあった。
バナナの上にいちごを乗せ、全体をチョコでコーティングした、男性自身にしか見えないチョコバナナ。
大福に切れ目を入れ、尖ったいちごを挟んだ、その名も「ちょっとエッチないちご大福」。
よく思いつく人もいるものだ。
出店のある通りの先には、大師公園が広がる。
ここにも、多くの出店が軒を連ねていた。
チョコを売る店、お酒の店、ボールペンの店、箸置きの店、キーホルダーの店、アクセサリーの店、雑貨の店。
どの店も、男性器や女性器、又は性をモチーフにしたものしか扱っていない。
かなまらのチョコレートの店は、早くも売り切れ御免の表示を出していた。
沖縄のお菓子をもじった『ちんこすこう』も美味しそうだ。
お酒の店は、『万古』と『金玉』という日本酒のセットが看板商品だ。
もっとも、読みは『ばんこ』と『きんぎょく』らしいが。
ボールペンの店では、グリップ部が男性器になったペンを見つけた。
「触ってみてよ」と店主に言われ、ペンに触れてみる。
ぶよん、ぶよん
……ノーコメントである。
かなまらモチーフの箸置き。食卓にこれがあるのはいかがなものか。
キーホルダーの店では、愛の営みをする男女や、交尾する熊のつがいなどのキーホルダーがあった。
振ることでパーツの一部が動き、出し入れしているように見えるのがミソである。
アクセサリーの店には、男性自身や女性自身の形のピアスやペンダントが置かれていた。
パステルカラーで、遠目にはジェリービーンに見える。
そして、一番人気だったのが雑貨の店だ。
愛らしい男性器のキャラがプリントされたクリアファイル、同じキャラが手に握られたイラストのマステ『マスカキングテープ』など、オフィスでは使えない文具を扱っていた。
私はそこでポストカード(200円)を購入した。
筆文字の『かなまら桜』と、桜の花びらが集まってできた男性自身のイラストが描かれている。
帰宅してすぐ、壁に貼ったのは言うまでもない。
川崎のかなまら祭り。
それは、性別や人種を越えて心が一体になり、自由と笑顔が溢れる、不思議な祭りだった。
1日でも早く、あの熱気と喜びの光景を見ることができる世の中になることを、祈る。
~完~