私は時々、落語会に行く。
生で聴いた咄家で一番忘れられないのは、桂歌丸だ。
彼が亡くなった時に思い出したのは、2017年に行った独演会だった。
独演会とはいっても、出演した噺家は他にもたくさんいた。
普通、演目の前に話される「まくら」というのは、その噺家の日常や世間で流行っていることがネタになる。
しかし、歌丸は演目だけでなく、まくらも他の出演者とは格が違っていた。
「あたしはずっと、今も昔も、真金町に住んでいます。
今の真金町は…つまんねえ所ですね。
その点昔の真金町は…まあ~いい所だった!
いわゆるお女郎屋さんがいっぱいあって、それに伴って、色んな仕事というのがありました」
(湯吞みのお茶をすすってから)
「例えば、キセルの、タバコ葉を売る人。それから、漢方薬を売る人。
夜になると、そういった商売人ではなく、男女2人で、女性が三味線弾いて、男性が歌ってることがありました。
その歌が色っぽくて色街に似合うんです。
真似して歌ったら、祖母に怒られましたね」
かつて赤線地帯だった、横浜真金町。
私はその辺りを訪ねたくなった。
真金町は、市営地下鉄の伊勢佐木長者町駅付近にある。
ポツンと1軒あるラブホを除けば、マンションが多く立ち並んでいて、普通の町である。
遊郭の名残りのある建物は全くない。
一角にある神社の柱には、「桂歌丸」の名前が彫られていた。
西側にある横浜橋商店街は、古いけれども栄えている。
色っぽいのはむしろ、隣接する永楽町だ。
ある通りに大きなラブホが密集していて、異様な雰囲気を醸し出している。
新しめのホテルはスタイリッシュな看板で、年季の入ったホテルはメルヘンチックな看板で、カップルを呼び込んでいる。
大通り公園の木陰で、高齢者やファミリーが涼んでいた。
現役のピンクな街は、大通り公園を突っ切った先にある、曙町である。
私が見つけた写真のロゴなんて、暑い日に見ると非常にむさくるしい。
よくデザインしたなあと思ってしまう。
他の店の看板もツッコミどころ満載である。
それらがひしめき合う通りを、路線バスが何台も走っていく。
そんな、ピンク街兼バス通りを更に北に抜ければ、イセザキモールがある。
色街の主役を曙町に奪われた、真金町。
伝説の噺家には、そんな街の変化がどう映っていたのだろう。
とりとめのないことを考えてしまう、猛暑の日であった。
2018年7月散歩