(う~ん、すごく異様な雰囲気……!)
私は博物館の佇まいを見て、そう思った。
大きな屋根が特徴的な建物に、太筆で書かれた『性神の館』の文字。
その前に堂々と、石製でしめ縄の付いた男性のシンボルが置いてある。
入口は、女性のシンボルを模した岩で囲まれている。
人はいるのだろうか。やってるのだろうか。
不安になりつつ、『営業中』の看板を信じ、自動ドアの前に立った……。
JR宇都宮駅から、バスで約40分。
最寄りのバス停から歩くこと約10分で、この博物館にたどり着いた。
「いらっしゃいませ!」
ドアが開くと、受付のカウンターから威勢のいい声がした。
そこにいたのは、パンチパーマで汗が光る、笑顔がまぶしい中年男性。
『性神の館』の館長である。
「ここはけっこう笑えてためになります。エロはありますが、グロはないです。全部覚えるとセックス博士になれます。女性のお客さんに特に好評です」
熱のこもった口振りで、概要を話す。
「見方が分からないと思いますので、まず初めに私が説明します。全コーナーについての説明とビデオを観ることができ自由時間もあるコースが1000円、コーナーの内第1、2章だけ説明があるコースが500円、ほんのちょっとだけ説明するのが100円です。どれにします?」
「1000円ので」
間髪入れず答え、支払った。
「ではまず、お客さんはどこの県出身ですか?」
「出身は、神奈川です」
館長は嬉しそうな表情を浮かべる。
「神奈川!神奈川は5つも、性にまつわる祭りがあるんですよ」
彼は資料で分厚くなったファイルを持ってきた。該当ページを開いて説明する。
巨大な男性器(先端にへのへのもへじが描いてある)を出したひょっとこが踊る、鶴見神社の『田祭り』は特に奇妙だと思った。
館長は全コーナーの説明をしてくれた。
コーナーは、性にまつわる祭りの他、
海外の性をテーマにした美術品や遺跡、
海外の性文化、
江戸時代の春画、
大奥で使われていた性玩具、
動物の性器や交尾についての資料、
昔のアダルトグッズ等があった。
「コロンビアでは、犯罪者はベッドの中では逮捕されないんです。セックスを大事に考える国民なんですね。でも、いつまでもヤッてれば逮捕されない訳じゃないよ」
「蛇の交尾は36時間!人間はそんなにずっとできないから、すごいよね。でも、蛇は1年に1度しかしないから、一生分を合計すると人間の方が長いね」
「開館当時の昭和55年、膣の締まり具合を計る『膣圧計』なんてのが発売されました。
『今日の締まり具合はこれくらいだね』とか、そんなの計られたくないよねぇ」
熱血的な解説は、およそ30分に渡った。
「ビデオって、何だろう…?」と気にしつつ、私は聞き入った。
『性神の館』の展示物は多岐に渡り、説明後に全部見ていたら2時間もかかった。
そのため、印象に残ったいくつかを紹介する。
世界各国の、性を表現した民芸品が並ぶ。
ハワイの、あぐらをかいた男性の股間からサボテンが生えたもの。ユニークな発想の鉢である。
インドネシアの、鹿の角でできたセックスに励む男女の置物。表情や服のシワなど、きめ細やかに彫られている。
タイの、全裸で踊る女性の人形。リアル過ぎたせいか、今は販売禁止らしい。
タヒチの、キスをする男女を象徴的に描いた人形。流れるような曲線が、ロマンティックさを強調する。
こういったものを収集するために、海外旅行するのも楽しいかもしれない。
露骨な性表現が規制された明治時代以降。
それでも、文明開化の香りがする春画や、
下から覗くとノーパンの人形、
裏側に絡む男女を描いたおかめ人形などから、こっそり楽しむ人は多かったことが分かる。
春画は、江戸時代よりも色遣いが鮮やかである。
特に、汽車の座席で楽しむ男女の表情からは、最先端の流行を味わう優越感が読み取れる。
江戸時代の四十八手は有名だが、本来は百手あったとも言われている。
その中から裏付けが取れる六十手が展示されていた。
見たこともない結合方法がたくさんあった。
『ごばんぜめ』は、女性が片足を碁盤に乗せる体位である。
碁の板を使うのに何のメリットがあるかは、不明だ。
『逆の浮橋』は、仰向けの女性とうつ伏せの男性が、反対方向に寝て水平につながる体位だ。
よほど頑張らなければ、外れてしまいそうである。
そしてずっと気になっていたのが、解説の後に観ることができるビデオだ。
館長は、「真面目なのと不真面目なのがあるけど、どっちが観たい?」と尋ねる。
私はしばし考えてから、不真面目な方を選んだ。
古い映写室に、タイトル画面が映し出される。
その名も、『桃尻ナースの裏筋クリニック 五十嵐こずえ』。
一体いつの時代のビデオだろうか。
フェテイッシュなタイトルに反して、普通の流れだった。
何より気になったのが、男優だ。
女優と絡んでいる最中ずっと、ギャーギャーとうるさく叫ぶのだ。
男優は、結合する際に「元気ですかぁ~!」とアントニオ猪木の物真似をしたり、絶頂時に「出る出る!デルモンテぇ~!」とダジャレを言ったり、頭がおかしい。
女優も、喘ぎながら何度も吹き出していた。
終わってからも開いた口がふさがらないまま、私はお土産コーナーへ向かった。
『性神の館』はどんなところだったか、他の似た珍スポットと比較してみる。
熱海秘宝館は、大掛かりでとにかく卑猥だった。
命と性ミュージアムは、性教育の教科書のような施設だった。
珍宝館は、説明が可笑しく、芸術の要素が強かった。
それらと比べると、ここは学術的だった。
全国の性器や性行為をモチーフにした祭りの多さに驚き、
世界の性文化の意外性に「へぇ~」となり、
春画を見て当時の人々を想像し、
六十手の変わった体位に驚嘆した。
私は祭りや歴史に特別関心があるわけではない。それでも、性という切り口からであれば引き込まれるから、不思議だ。
また、館長の説明が熱血的なのも特徴だ。
かしこまった話し方だったのが、だんだん話すのに夢中になりすぎて栃木訛りになる。
テンポよく、クスッと笑えることを言う。
30分も解説にかかったが、飽きることはなかった。
もっとも、ビデオはツッコミ所満載で、知性のカケラもなかった。
四半世紀前の、男優がクレイジーなアダルト映像。
ある意味貴重なものを見たといえる。
さて、お土産コーナー。
予想はしていたが、大人のおもちゃだらけである。
シリコンでできた、胴体だけの等身大ラブドール。かさばるので、自動車で来た人しか買えなそうだ。
四十八手てぬぐい。見ていて飽きない。
ペン先が男性器になったボールペン。キャップを付けた時と外した時の落差が面白い。
じっくり見て回り、目に焼き付けた。
そして、館長のご厚意により、最寄りのバス停まで車で送ってもらった。
お陰で、バスは待たずに乗ることができた。
車に乗っている間、『性神の館』が存続の危機にさらされていることを聞いた。
「立ち退きを要請されているんだよね」と館長は言うが、笑顔を絶やすことはない。
大変な状況でも、熱のこもった面白い説明をしてくれたことに、感謝したい。
館内で撮影した異様な写真を見ながら、そう思った。
2019年8月探訪
(2020年6月閉館)
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